釜川の梅開花

 平成24年3月3日(土)

今日は久しぶりに

宇都宮文学の道を歩いてみました

宇都宮城がスタート地です

宇都宮は鎌倉時代

歌の都でした

日本には三歌壇といわれた都市がありました

一つは京都二つ目は鎌倉三つ目が

宇都宮でした

宇都宮五代頼綱七代景綱が有名です

頼綱は出家して蓮生法師となり

京都に住まう

藤原定家に師事し、娘は藤原家に嫁ぎ縁戚関係になる

蓮生法師は京都嵯峨の山荘に飾る和歌を

定家に依頼して

できたのが「百人秀歌」であると考えらており、これに

後鳥羽院や順徳院の歌を加え

内容を整理したものが

「小倉山荘色紙和歌」などとも呼ばれる


「百人一首」です

(参考文献 うつのみやの歴史)

行く末も

おぼつかなきを

いかにして知らぬ山路を

一人越ゆらん

                         頼綱
この歌は祖父の朝綱が公田横領事件により

土佐国へ配流と決定した

その時に詠んだ

宇都宮市では、百人一首の普及と短歌や俳句など文学の振興を図ることを目的に

うつのみや百人一首市民大会を

毎年開催しております。

宇都宮城幟旗

本丸北側にある清明台櫓(やぐら)とお掘りです

この櫓の東側に

清水門がありました

遠い将来

再現されるとさらに風格のある城になります

徳川家光など

将軍が宿泊した御殿がありました

宇都宮城本丸清明台櫓

宇都宮城址公園は宇都宮城を

再現しました

下の図にある緑色が本丸土塁(どるい)

緑色に接している

水色がお堀です

このように

宇都宮城の一部を再現したものです

しかし史実に忠実に

再現したようです

宇都宮城表示板

宇都宮城をスタートして

北にあるいて行きます

お殿様がお城から二荒山神社に行くときこの朱塗りの橋を渡ったそうです。

紅梅が開花していました

宇都宮は鎌倉時代三歌壇と言われた

と言いましたが

宇都宮五代城主宇都宮頼綱の弟

宇都宮四郎朝業(ともなり)

も歌の道に秀でていました

将軍源実朝との

歌のやりとりがあります

建暦二年(1212年2月1日)

800年前になりますね

君ならで

たれにか見せむ我が宿の

軒端に匂ふ

梅の初花


実朝

と名を隠して梅の一枝に和歌を添えて朝業に届けられました

朝業はこの和歌が将軍から

と覚り

うれしさも

匂ひも袖に余りけり

我がためおれる

梅の初花


朝業

と返しの和歌を詠んだそうです

これは「吾妻鏡」に記されているとのことです

(栃木の文学史より)




御橋の紅梅

教会と梅とマリア様

 松が峰教会の梅がきれいでした
カトリック松が峰教会ネーム
垂れ梅と松が峰教会
教会と梅とマリア様
平成23年2月26日撮影nikonD70  by koba

梅の香に包まれ祈るマリア様

                          暁雲


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