△修譴郎から142年前に起きた 宇都宮戊辰戦争機_鴫聾玉腓稜鯤疾

 下河原門がこの写真かどうかわかりませんが、このような門であたのではと?
下野新聞昭和63年1月31日の記事
今小路門 戊辰戦争を生き残る
宇都宮市内の農家の門となって残されている・・・残されている唯一の宇都宮城の門・・・・・これ以外の門は戊辰戦争のとき消失した・・・・・記事があり、その門を撮影してきました。
門想定写真
この門の両側に土塁がありました。
宇都宮城想定図
この図面は
   制作:宇都宮城跡蓮池再生検討委員会
下の図面は現在の道路と家屋が記されている図面を下絵にして、そこに江戸時代の町割をかさねてあります、図面の緑は土塁です、茶色が道です、赤線でかこまれて下河原門 と表示があります。太い水色が田川です。そこに架かる橋が簗瀬橋です。
門の両脇は土塁で守られていたのですね。
下河原門絵図
この絵図は「宇都宮御城内外絵図」です
右側に田川と簗瀬橋、田川沿いにお寺があり、左に下河原門の文字、形状は枡形門ですね。
この絵図では土塁と水路が同じような色で判別が難しいです。(上の宇都宮城想定図と見比べるとわかります)
この絵図をみると‥沈遒冷明ザ兇鰺遒箸擦仟腓な防御ラインになりますね。・・・田川を渡る敵には土塁上とお寺(朱塗りの部分にある建物)から狙われます。宇都宮城はお寺も防衛の施設だったと言われております。小城の北側は直線的にお寺が建っています。
∪屬たГ呂寺です、これも防衛のために使えましたね。
枡形門の入り口には堀があり橋が架かっていました
これを見ると、南側が弱いと言われている宇都宮城ですが、下河原門付近は城を守る為の設計がしっかりできていたのではと考えられるのではないでしょうか。

土方歳三率いる旧幕府軍はこの門から城内に突入したのです。




△修譴郎から142年前に起きた 宇都宮戊辰戦争

 午前7時に出た土方歳三率いる旧幕府軍は正午の頃下河原門での白兵戦は正午前後
簗瀬橋
上三川の満福寺を午前7時に出た旧幕府軍はこの簗瀬橋をわたり、下河原門で白兵戦を展開したのですね。



より大きな地図で 下河原門 を表示

,修譴郎から142年前に起きた (宇都宮戊辰戦争第一幕はここ満福寺から始まった)

 旧幕府軍(会津藩士秋月登之助・新選組土方歳三率いる前軍)は宇都宮城を落とすため進軍する。

 宇都宮の戊辰戦争は慶応4年(1868)4月19日(新暦では5月11日)の朝本陣とした満福寺門前で黒羽藩士を軍神への手向けとして処刑した。・・・・・・下野の戊辰戦争 著者 大嶽浩良
山門
中に見える門
栃木県河内郡上三川町大字東蓼沼 満福寺
門
門の右後ろの大銀杏
イチョウ説明板
 説明板によると、昭和60年3月で樹齢350年なので今日では約380年あまりになりますか。
この大イチョウは旧幕府軍の土方歳三の姿や黒羽藩士の処刑もも見ていたのでしょう。
生き証人ですね。

 18日午後(新暦5月10日)、鬼怒川を渡った大鳥軍右縦隊は、その夜蓼沼、刑部に泊まった。
このときたまたま、江戸藩邸から荷物を宰領(さいりょう)して鬼怒川を遡航(そこう)してきた黒羽藩士鈴木庄作、新江寿三郎、他2名が旧幕兵に捕らえられた。
 19日(新暦5月11日)朝、蓼沼の満福寺で黒羽藩士を斬って血祭りにした土方支隊は、午前7時過ぎ宿営地を発進した。・・・・・北関東戊辰戦争 著者 田辺昇吉




より大きな地図で 万福寺 を表示

イ修譴郎から142年前に起きた (宇都宮からの小さな旅) 土方歳三を訪ねて

 展示室から出ました。
歳三木刀
上の木刀は近藤周助(近藤勇の義父)使用 天然理心流木刀の複製です。
下は土方歳三使用の天然理心流木刀の複製が資料館窓の外側にありました。

歳三手植の矢竹
手植矢竹2
これは武士になって名を上げんとの願いを込めて歳三自らが手植えした矢竹だそうです。
土方歳三資料館公式サイトは
http://hijikata-toshizo.jp/html/profile.html
です。
これでおしまい、それでは東京モノレール万願寺駅へ向かいます。
そして湘南新宿ラインで新宿から宇都宮へ帰りました。

イ修譴郎から142年前に起きた (宇都宮からの小さな旅) 土方歳三を訪ねて

 それでは、歳三の生家 
   土方歳三資料館に入ります。歳三生家庭
土方歳三が迎えてくれました。
歳三胸像

歳三の生家は平成2年に建て替えました。資料館正面には、歳三が幼少の頃相撲のぶつかり稽古をしたという当時の家の大黒柱を梁につかっていました。写真
大黒柱を梁に
 入場料を支払い中に入りました。今日(4月18日)から土方歳三の愛刀の和泉守兼定(いずみのかみかねさだ)が展示されていました。
 この生家は土方家の墓所の石田寺(せきでんじ)北側にある「稲荷森」(とうかんもり)の東方にあったそうです。弘化三年、多摩川の出水により一部が流され、残った母屋等を移築していまの場所となりました。平成2年立て替えの折、住居の一室を資料館として建築したそうです。・・資料館資料より
 当日は多くの老若男女が訪れていました。若い女性も多くいました。入ると右手に石田散薬のしょいかごがありました、正面には和泉守兼定が展示してありました。
 



い修譴郎から142年前に起きた (宇都宮からの小さな旅) 土方歳三を訪ねて

 タイトルは宇都宮戊辰戦争のことです。

資料館入り口でおばさんが迎えてくれました。 手に持っているのは土方歳三のビールです。
おばさん

土方歳三うどん、美味しかったです。(家で食しました)歳三うどん
土方歳三饅頭
まんじゅう

お茶

それは今から142年前に起きた (宇都宮からの小さな旅) 土方歳三を訪ねて

 またまた、宇都宮からの小さな旅つづきです。
今日は、入り口まわりの説明です。

写真おくに皆様を待っている土方歳三の胸像が小さく見えます。
開館中表示

歳三の生家はこの資料館から300m東、石田寺の北にあった。
生家説明板
写真:土方歳三 生家跡
 新選組副長土方歳三の生家は、ここより約300m東、石田寺の北方にあった。
1846年(弘化3年)、歳三12歳の6月末、長雨による増水で多摩川、浅川の堤防が決壊し、
万願寺や石田村などは大洪水に見舞われたが、歳三の生家も土蔵などに被害を受けた。その後、
残った母屋や土蔵をこの地に解体移築した。
 歳三は、その家で1863年(文久3年)2月、京都に上洛するまでの青春時代を過ごした。しかし、
その家も老朽化したため1990年(平成2年)取毀された。
 現在、屋敷内には歳三の植えた矢竹が繁り、新築された家屋には相撲の稽古をした大黒柱、
歳三の遺品などが保存されている。
 尚、歳三の墓が石田寺にあるが、いわゆる「引き墓」であり、そこに埋葬された訳であはない。

  日野市教育委員会・・・・以上写真から読み取ったので一部間違いもあるかもしれません。


土方歳三の刀「和泉守兼定」いずみのかみかねさだ



  宇都宮城 下河原門内で 以下 司馬遼太郎の「燃えよ剣」下巻P364より抜粋

        「・・・・・歳三の和泉守兼定が弧をえがいて

                その背後からとび出した一人を

                         脳天から斬りさげていた。」


土方所有名刀
 市指定有形文化財(工芸品)
 刀 銘和泉守兼定 慶応三年二月日 附打刀拵
 
 この刀は、土方歳三が新選組副長として京にあった1867年(慶応3年)、京都で兼定に鍛えさせたものである。歳三が1869年(明治2年)、戊辰戦争で函館において戦死した後、遺品として生家に届けられた。長さ約70cm(2尺3寸1分6厘)、柾目鍛に五の目乱の波紋を焼き、当時の拵がついている。
 昭和40年(1965年)6月9日指定 
 日野市教育委員会・・・・以上写真から読み取ったので一部間違いもあるかもしれません。

又次回につづく。お楽しみに・・・・・・・

△修譴郎から142年前に起きた (宇都宮からの小さな旅) 土方歳三を訪ねて

 前回に引き続き宇都宮からの小さな旅です
東京モノレール満願寺駅から土方歳三資料館まで徒歩で行きました。
満願寺駅

駅降りた所に案内表示板がありました、その一部を撮りました。案内板抜粋            国道20号線を横断して国道南側歩道を歩来ます。(写真は歩いて来た方向、東京モノレールが見えます。写真右側の歩道を歩いています)
R20号線
  進行方向に案内板が見えます。 看板表示のように左折します。案内板1    すぐに案内表示が見えてきます。左折です。 案内板2    また左折です。土方歳三資料館がすぐそこでした。記念館前    到着しました。 観光の人達がみえます。記念館表示プレート
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,修譴郎から142年前に起きた (宇都宮からの小さな旅) 土方歳三を訪ねて

 宇都宮城を落とした武士の故郷
歳三の故郷
photo by kobahiro 2010/04/18 nikon D70

 宇都宮戊辰戦争で宇都宮城を落城させた士は旧幕府軍の新撰組土方歳三であります。
写真:土方歳三が生まれ育った町 現在の東京都日野市の風景 (万願寺駅ホームから) この地武州石田村で天保6年5月5日に生を受けた。 現在はこの地に歳三の生家 土方歳三資料館があります。

交通:JR宇都宮駅→ 湘南新宿ライン → 新宿駅 
    ⊂茲蟯垢─京王線 新宿→高幡不動駅 
    乗り換え(ビルの中を歩いて) 多摩モノレール 高幡不動駅 → 万願寺駅 
    ぁ‥綿癲、 生家 
所要時間 約 JR宇都宮駅から 京王線 高幡不動駅まで 2時間45分 2,200円でした
    湘南新宿ライン グリーン料金は別途750円

土方歳三が生まれた町日野

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